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かげむし堂

音楽と、音楽家と、音楽をめぐる物語について。

ベートーヴェンの「コーヒー1杯60粒伝説」の真実とウソ@「クラシカロイド」第22話「ちがいのわかるおとこ」予習用メモ

音楽をめぐる物語 音楽をめぐるメモ

突拍子もないファンタジー要素でもって音楽家たちの本質をえぐりだす衝撃のEテレアニメ「クラシカロイド」…

来る第22話、ベトさんのコーヒーネタがついにフィーチャーされるもよう…!

ベートーヴェンはこだわりの人である。この世で最もすばらしい飲み物とは何か?彼は言う「正解はコーヒーだ!」。豆の選び方、ひき方、そして粒数…。おいしいコーヒーを入れるために数々の妨害や苦難を乗り越えながら理想のコーヒーを追求するベト。そしてたどり着いたマイベストコーヒーの次に、彼はそのコーヒーを飲むためのベストの場所を探し求める。ここに、コーヒーという飲み物を通して一人の男の生き方が映し出される。 

 

ベトさんの特定の事物に対する異様なこだわりに関しては、これまで、ギョーザーでもって象徴的に表現されてきた感がありますが、アニメ終盤にしてまさかの飲食ネタ2件目、かつ、かの有名なコーヒーネタをド直球で投入してくるとは予想外。(ギョーザーとは何だったのか)

ということで、来る第22話に備えるべく、ベートーヴェンのコーヒーネタについて勝手に予習しちゃいますメモ。

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さて、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの好きな飲み物といえば、よく話題にのぼるのが、ワインとコーヒー。特にコーヒーについては「1杯60粒ぶんをきっちり数えて淹れていた」というエピソードが非常によく知られています。

このエピソード、初出は、彼の生前に無給の秘書(=タダ働きの下僕)をつとめていたアントン・フェリックス・シンドラーという人物の著作であると推測されます。(100%の確証は持てないのですが、ザイフリートもヴェーゲラー=リースも言及してないから、多分そのはず)

 

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アントン・フェリックス・シンドラーのご尊顔(妙にマンガ顔


この人物は、ベートーヴェンの死後、「会話帳」などの貴重な史料を勝手に破棄・改竄するわ、それをもとにして嘘八百な伝記を書くわと、闇堕ちした男として音楽史上ではきわめて悪名高く、ゆえに彼の発言は基本的に信用が置けない…とされています。

なので、これほど有名な「コーヒー1杯60粒伝説」も、この男の舌が出処であるかぎりは、真実かウソかよくわかんない話なわけです。
「いくらウソつきといっても、こんな日常の小ネタについてわざわざウソはつかんだろう」と思うわけですが、ところがですね。この男の特徴は、一見するとどうでもいいようなレベルの些末なウソをつき、しかしそのウソにちゃんと意図がある、という点なんです。いや、ウソだけじゃない。真実の部分も、見せる意味がなければ隠してしまうし、彼なりの動機がなければ決して公開しない。じゃあその動機とは何か。それはズバリ、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンという人物を、偉人らしく、魅力的な雰囲気に見せる」こと。その大義に沿わぬエピソードは、真実だろうがウソだろうがゴミ箱ポイ。まあ、そういうスタンスの人だったわけです。

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というわけで、コーヒーをめぐるシンドラーの発言をあらためて見てみましょう。以下は、ベートーヴェンの死から13年後の1840年に書かれた『ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(第1版)の第3部「ベートーヴェンの性格的な特性および特色」の一節です。

朝食の折には、いつもコーヒーを飲んだが、彼はこのコーヒーの用意を自分ですることがよくあった。この飲み物に関して、彼は、東洋人さながらに頑固であった。1杯あたり60粒を常としたが、1粒でも2粒でも間違わぬように、いちいち60粒を数えるのを常としていた。ことに客がいる場合がそうだった。彼はこの仕事を、もっとも重大な仕事のように、念入りに行ったのである。

これが今日なお残る「コーヒー1杯60粒伝説」の出処ってわけですね。このエピソードは発表当時から世間に強いインパクトを与えたらしく、同時代のほかの書籍のなかでもたびたび引用されています。

けれど、先ほど書いた通り、シンドラーは、単なる毒にも薬にもならない日常エピソードとしてこれを公開したわけではありません。直前の段落を読んでみましょう。

つまり偉人も、世間並みの人間と同じく、飲んだり食べたりといった自然な欲求にはあらがえないのだ。ゆえに、この面におけるベートーヴェンの特性は、彼の崇拝者にとって興味をかきたてさせられるものであろうし、また、家政にまつわる面白い話としても価値がある。

そう、これなんです。シンドラーがコーヒーネタを公開することによって言いたかったのは。「偉人も、世間並みの人間と同じく、飲んだり食べたりといった自然な欲求にはあらがえないのだ」つまり飲もうが食おうがベートーヴェン先輩やっぱり偉人ですぅ~!(cv.前野智昭)っていう。

うん、まあ、言っちゃえばそれだけなんですけども、こうやって些末ながらももっともらしいエピソードを持ってきて、「ちょっと個性的なこだわり見せちゃうマエストロめちゃ偉人だし、そんな彼の日常を機敏に捉える俺の観察眼もわりかしイケてね?」とアピールする。これがアントン・フェリックス・シンドラーの基本手法で、この人のレトリックはだいたい全部これです。で、こんなことやってるから、この人、世間から非難されるわけです。実際、ウソもつきまくっているわけだし、このコーヒーのくだりも全部ウソかもしれないし。

でも、でもですよ。本質をあぶりだすためにフィクションなり些末なネタなりを混ぜる、って、研究者だったりしたらまあやっちゃいかんけども、「ひとりのアーティストを推す」っていうプロデュース活動においては、ときに有効な表現方法だとも思っちゃうわけです。それこそ、「ギョーザー」というフィクションでもって、ベトさんが、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの本質を表現するキャラクターになりえているように。「史実のベートーヴェンはギョーザーなんか食べていなかった!」とかネタにマジレスするよりも「あえてベートーヴェンにギョーザーを食わせることでそこから何が生まれるのか」というネタにマジレスのほうが何倍もスリリングじゃないですか。あれ?どっちもネタにマジレスだ?


というわけで(強引なシメ)、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの真実とウソの間にある因果な飲み物こと「コーヒー」が登場するらしい第22話。どんなオチになるのか、とても楽しみにしています。


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お知らせ♪

そんなこんなで「ベートーヴェンの飲み食い関連の話」って色々ややこしいところもあって、でもそんなところが面白いわけなんですけど、細かいことはさておいて、ベートーヴェンがきっと食べた(であろうと見込まれる)料理をみんなで味わおうというお食事会が2017年6月4日に東京で開催されます。いまをときめく音食紀行さん主催!

私はネタ出しとお手伝いと同人レシピの共作者というポジションで参加いたします(^^)
おひとりさま歓迎のオフ会のような雰囲気の場なので、ベトさん推しのみなさん是非!えーと、どうしたらいいかわかんないけどギョーザーに見立てた何かを出してもらえないかなってちょっと考えてます。どうしたらいいかほんとわかんないけど。定員あと10名ちょっとです。(2017.3.7時点)

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