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かげむし堂

音楽と、音楽家と、音楽をめぐる物語について。

何を夢見ているのかさえもよくわからない30代の北斎の作品を見た。@すみだ北斎美術館(2017.1.9)

きのう、北斎を見た。

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hokusai-museum.jp

 

 おそらく、葛飾北斎は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンと同じくらいに仰々しい神話を纏わされている歴史上の人物だろう。残念ながら、私は北斎のそれらについて詳しいことをほとんど何も知らない。もしかしたら、彼が晩成の人のように見えるのは、そうした死後にほどこされた神話の作用にすぎないのかもしれない。晩年に「画狂老人」と自ら名乗ったところから見ると、彼自身が神話の最初の担い手でもあったようにも思われる。
 しかしいずれにしても、北斎が私を惹きつけるのはその晩成の放つ凄みに他ならない。音楽家はたいがい早熟で、どんなに遅くとも20代のうちに最低でもヒットを一発出さなければ大成できない。だからこういう晩成タイプのアーティストに対する物珍しさもあるのかもしれない。

 

 昨年オープンしたすみだ北斎美術館の常設部分は、北斎の生涯を追うかたちで展示されている。30代のところで、思わず足が止まった。びっくりする。10代、20代なら、まだわかる。30代に至って、まだ、影もカタチもないのだ。いわゆる、私たちがよく知る「北斎らしさ」なるものが。10代の頃のベートーヴェンの作品よりも、もっと、ずっと、圧倒的に、まだ、なんにもない。たぶん、絵を見る能力がある人ならば、こうした若書き(若書きといったって30代である)の作品からも、のちの傑作の萌芽を読み取れるに違いない。和声を分析するようなスキルでもって。でも、素人の私には、到底そこまでは見極めることができない。これらの作品の行き着く果てに、富嶽三十六景のような卓抜たるセンスが芽を吹くとは、なかなかちょっと想像できない。どこに自我があるのか、わからない。何を夢見ているのかさえも、よくわからない。

 

 40代、50代の作品に至ってわかることは、彼が描くこと、勉強することを、とにかくやめなかったということだ。「食っていける程度のこぢんまりとしたスキル」に彼は甘んじなかった。初版が54歳で刊行されたという「北斎漫画」は、若年者への絵手本であると同時に、彼自身のそれまでの尽きせぬ絵稽古のお披露目でもある。「冨嶽三十六景」「諸国滝廻り」「諸国名橋奇覧」「富嶽百景」…今日よく知られる作品のほとんどは60歳以降に作られている。この年齢まで現役で作曲を続ける音楽家は、いないわけではないが、きわめて少ない。ましてや代表作が60歳以降に集中している音楽家など皆無だろう。現代のサラリーマンでさえ定年に達する年齢である。腰痛は、老眼は、手の震えは、集中力の衰えはなかったのだろうか?そうした肉体の事情が気にかかるが、そんなことは物ともしなかったらしいという証拠が、作品となって残っている。

 

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これ好き。70代の作品。「冨嶽三十六景 尾州不二見原」

 

 56歳のベートーヴェンは、死の直前に「友よ喝采せよ、喜劇は終わりだ」とつぶやいたと伝えられる。88歳の北斎は、その代わりに、富士をはるか越えて天に昇る龍の肉筆を残した。それは死への飛翔のようにも、創作の欲望の飛翔の姿のようにも見える。「猫一匹さえも満足に描けやしない」晩年、彼はそう言って泣いていたという。「九十老人卍」という自ら付けた名(30以上ある彼の画号の最後のひとつである)に彼は殉じ、そして逝った。

 

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「 富士越龍図」

 

 すみだ北斎美術館には、晩年の北斎の仕事部屋の再現模型がある。こたつの布団にくるまって、畳に這いつくばるように絵筆を取る北斎のフィギュアは、病んだ耳をピアノにくっつけて作曲をするベートーヴェンの姿を思い出させる。それもまた神話のひとつにすぎないかもしれない。けれど、開館まもないこの美術館を訪れた多くのひとびとは、きっと、小さな灯りのような慰めと勇気をもらって帰路についただろう。だから私は、アーティストの人生を知ること、語ることを、どうしても悪(にく)く思えない。それはしょせん作品の外側の物語でしかない。けれど、永谷園のお茶漬けの付録カードを眺めているだけでは近づけない心の境地というものは確実にある。「何を夢見ているのかさえもよくわからない30代」他人からそう思われるのはきっと幸福なことだ。いまはまだ、眠れる龍を胸の裡に飼っていることの証明でもあるのだから。

 

30代なかばの誕生日前日に、私をこの場所に連れてきてくれた人に感謝しつつ。

2017.1.10

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