かげむし堂

音楽と、音楽家と、音楽をめぐる物語について。

【書籍】『ベートーヴェン捏造』へのイントロダクション ~「会話帳」って何?

 ベートーヴェン捏造 - 名プロデューサーは嘘をつく』
かげはら史帆/柏書房
「運命」は、つくれる。
犯人は、誰よりもベートーヴェンに忠義を尽くした男だった──
音楽史上最大のスキャンダル「会話帳改竄事件」の全貌に迫る歴史ノンフィクション。

www.kashiwashobo.co.jp


 

 「会話帳(Konversationshefte)」とは、耳が聞こえなくなった晩年のベートーヴェンが、約9年間にわたって使用していた筆談用のノートのこと。
今日、残存しているのは全部で139冊。うち137冊がベルリン国立図書館の所蔵資料となっています。

同図書館のデジタルアーカイブで現物の一部をご覧いただけますので、興味がある方はぜひ見てみてくださ……

 

●Heft18(第18番目)の会話帳/1822年11月使用
https://digital.staatsbibliothek-berlin.de/werkansicht?PPN=PPN1023722437&PHYSID=PHYS_0001&DMDID=

 

と言いたいところですが、ウェブ上で少しページをめくっていただければおわかりのとおり、多少ドイツ語を解していたとしても、とても容易に判読できるようなものではありません。

 

このへんとかは「ああ、字ね」って感じなんですが
https://digital.staatsbibliothek-berlin.de/werkansicht?PPN=PPN1023722437&PHYSID=PHYS_0032&DMDID=DMDLOG_0001

 

このページはぐちゃんぐちゃん消した痕があったりするし
https://digital.staatsbibliothek-berlin.de/werkansicht?PPN=PPN1023722437&PHYSID=PHYS_0027&DMDID=DMDLOG_0001

 

もう完全に カ オ ス ワ ー ル ド
https://digital.staatsbibliothek-berlin.de/werkansicht?PPN=PPN1023722437&PHYSID=PHYS_0009&DMDID=DMDLOG_0001

 

えーと、左上と右中央上あたりにあるのは筆算ですね。ベートーヴェンが溺愛していた甥っ子カールが書いたものと推測されています。そして、何箇所かにビッと引っ張ってある横線は会話の区切りです。で、わりと謎なのは右上にあるコレですよ。

 

f:id:kage_mushi:20180929120906j:plain

 ※模写です(模写するのもどうなのか)

 

この謎の『会話帳全集』の編纂者は「アルファベット「B」のカリグラフィー」という注釈を入れています。まあ普通にみればたしかにそうですが、若干形がいびつというか、なんとなく「L」と「B」を組み合わせたようにも見えないでもなく…

 

「L」と「B」…

 

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンLudwig van Beethoven)……

 

まさか

 

もしや

 

エストロ……

 

サインの練習……!?(ゴクリ)

 

まあそれはさておきとしまして、この「会話帳」なるノートがカオスなのは致し方なし。一応は「仲間内で会話する用」のノートとしてベートーヴェンが携帯していたものではありますが、特別な仕様など何もないただの無地紙。計算用紙やらお買物メモやらサインの練習(?)やらに利用されることもしばしばあったわけです。
ありがたいことに現在は、ドイツ国立図書館(現:ベルリン国立図書館)研究チームの編纂による『会話帳全集』が出版されていますので、先人の努力に感謝しっつテキストをすべて活字で読むことができます。(ホント大変だったと思います……この全集も、完結までに30年以上かかっています)

 

会話帳に書き残されているおしゃべりは多岐にわたっています。「ベートーヴェンの会話記録」というと、崇高な音楽談義とかを期待してしまいますが、そんなものはめったにありません。衣、食、住からお昼のワイドショーネタ(※)まで、わたくしども凡人と何ら変わりのない日常生活が非常に生々しく記されているというのがこの会話帳なのであります。
ベートーヴェン捏造』のオマケ章「バックステージⅠ 二百年前のSNS―会話帳から見える日常生活―」でも、その一部を紹介しています。


(※)ちなみに、1820年代にウィーンを騒がせたアントニオ・サリエリの「モーツァルト殺し」のネタも、この会話帳で何度か話題にのぼっています。会話帳もまた「ゴシップ好きのウィーン人」を象徴するミニ・メディアのひとつであったわけです。そのネタはまた別の場所でお届けする機会があればと思います。


さて、そんな会話帳ですが、ベートーヴェンの死後まもなく、これを彼の部屋から持ち去った(事実上、盗み出した)男がいました。
それが、『ベートーヴェン捏造 - 名プロデューサーは嘘をつく』の主人公であり音楽史上最大のペテン師ことアントン・フェリックス・シンドラー
彼はなぜ会話帳を盗んだのか?あるいは、盗み出さざるを得なかったのか?
そして、なぜ会話帳を大量に破棄・改竄するに至ったのか?

仮説はいろいろあってしかるべきですが、私なりの推論をストーリー立てて描いたのが拙著『ベートーヴェン捏造』です。会話帳から抜粋したセリフもたくさん盛り込んでいますので、いったいどんなことが書いてあるのか知りたい、という方もぜひ、お手に取っていただければ幸いです。

 


●『ベートーヴェン捏造 - 名プロデューサーは嘘をつく』かげはら史帆/柏書房
柏書房ウェブサイト/Amazon

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